続錦藍綺譚製本(2)

続きです。

糸かがり綴じ

一晩プレスすると折り目もだいぶ落ち着いていました。ありがとう、床に積み上がっていた大量のボーカルスコア。

さて、やっていくことは和装本の時と似ていて、穴開けて糸で綴じていく工程です。本来はコデックス装とかにするのでこの段階で表紙が着きますが、今回はフランス装で作るのでここでは本文のみです。

背側に一列に穴を開けて和装の時より細い麻糸(蝋引したもの)でせっせと縫っていきます。 折丁同士が離れてしまわないような工夫がいろいろあり面白いものだなぁと糸を通しては次の折丁(台)を重ねる無限ループです。

無限ループと言っても80頁の本文を三回折で面付けしているので5台しかないですが。

出来上がったら糸が入って暴れ出す折り目を上から押さえつけて落ち着かせ、その間に表紙を印刷していきます。

表紙をつくろう

表紙はなんかそれっぽく右から左の横書きで、そして裏表紙にはプリンターズキーと呼ばれる数字を漢数字で入れてみました。このプリンターズキーは古く活版印刷の時代に使われました。活版印刷では、大量生産をする場合、活字を組んだ後に鉛版という凸版を作って輪転機にかけます。この版が初版や第二版と呼ばれるやつですね。第二版は二枚目に作ったやつなので当然細部がいろいろ異なりますし、大幅な修正が入ることもあり得ます。対してプリンターズキーが示すのはその印刷物が何刷か。同じ鉛版を使って何ロット目に刷ったやつかということです。現代ではデジタルで版面を作ってしまうので「第一刷」を「第二刷」にすればいいですが、鉛版を作り直すにはいちいち活字を組み直す必要があり手間がかかります。そこで考案されたのがこのプリンターズキー。第二刷を作るときは端っこの1(私のデータだと漢数字の一)を削り落とします。すると印刷されている中で一番若い数字が2になるのでそれが第二刷とわかるわけです。なぜ順番がおかしいかというと、端から削って行っても中央揃えが維持されるかららしいですね。最近の印刷物でも洋書は同じ様にプリンターズキーを入れていることがあるのでお手元の洋書を少しみてみると楽しいかもしれません。

表紙に用いるための画像データ。表紙、裏表紙、背表紙にあたる画像が折ると本のカバー様になるように配置されている
表紙データ

最初はなんでもできるTeXのトンボパッケージでトンボをつけようとしたのですが、tikzと競合してしまうのか、座標系がおかしくなってしまったので泣く泣くただの長方形で裁断位置を示しました。この製本のために導入したA3ノビ対応プリンターでプリントし、どうせ一枚だけなのでカッターで裁断します。NTカッター、初めて使いましたけど重さがしっかりあって手に馴染んで使いやすいですね。

その後寸法に合わせて切り欠きを作ったり折り目を入れたり糊付けしたりして表紙ができました。これを本文の背に糊付けして完成です。

フランス装と呼ばれる装丁は仮製本の一つです。おそらく同人誌を作る人が「フランス装で」と言うと表紙が横に長く伸びて折り込まれるものを想像することが多いと思いますが、これは小口折製本や雁垂れ製本と呼ばれる全く別の製本です。

フランス王国で「製本業者と印刷業者を区別せよ」みたいな命令が出された時に生まれたみたいな説明がなされている様で、そこからフランス装という名前がついています。その特徴はおそらく以下の二つ。

  1. 折丁を重ねて綴じ、製本したのちの裁断を行わないアンカット製本
  2. 天地小口を折り込んで固定された簡易的な表紙

アンカット製本というのは読んで字の如く、裁断しない製本です。本を作る時、一般的には一枚の大きな紙に複数ページを配置します(面付け)。その後それを折りたたんで重ね、綴じます(無線綴じなら糊で、糸かがりなら糸でetc...)。そして最後に折り目となって頁同士を繋げている天地小口を裁断機でズバッと切って綺麗な本になるわけです。これが同人誌でも「本文は4の倍数ページで」などと指定されている理由です。

例えばA4の本を作る時、A4の本文データをA0に割り付けるとA0一枚あたり片面2の4乗頁分(16頁分)が印刷されるので紙一枚につき32頁印刷されることになります。これは4回折ることで本一冊の大きさになるので四回折などと呼ぶらしいです。今回の自家製本では片面8頁の三回折で印刷していますが、印刷所さんに頼んだものは折機の都合などで片面4頁の二回折になっています。なので展示用では天と小口側に折り目が発生します(天袋で面付けしたので。面付けのパターンによっては地と小口側に折り目がくることもありましてこれを地袋といいます)が、頒布用は天だけに折り目が現れます。切るの簡単ですね。ちなみにヨートゥンシュベルトで同じ紙を切ろうとしたのですが、折れそうになったのでやめました。皆様もちゃんとしたペーパーナイフか、カッター等で切り開くことをお勧めします。

続いて、簡易的な表紙です。これは簡単に本文から取り外せることを意味します。なぜか。印刷業者が製本できなくなったからといいます。読者(往々にして当時本を買えるのは大抵上流階級です。印刷が発明されてもまだ本は高価でした)はページを切り開きながら読み進め、読み切ります。その後、製本を担う職人(ルリユール Relieur)に本を渡し、豪奢な革装などに仕立てた上で蔵書としたのです。今でもこうした製本を行う人はプロアマ問わずおり、例えばペーパーバックであれば裁断した上で装丁し直すことも不可能ではありません。皆さんの中にも教科書を裁断してスキャンした(自炊と俗に言われますね)記憶がある方もいるでしょう。これも一種のルリユールかもしれません。

フランス装について語っている間に無事糊が乾き、製本が終わりました。

画像: 本立てに立てかけられた続錦藍綺譚と、サイズ比較用のアクリルスタンド(アサルトリリィの吉村・Thi・梅)が並んでいる
完成した続錦藍綺譚とサイズ比較様の梅様

ポケットサイズの文庫という感じですね。

適当な位置で開いた続錦藍綺譚。左側を見ると天と小口が折り目になっていてこのままでは開けないことがわかる。

イベントまでには手元動画でこれを切り開く様子を撮って参考にしてもらおうと思いますが、三脚をどこにしまったのかわからず家探しをしています。呼んだら返事する三脚、需要あると思うのでメーカー各社におかれましては是非ご検討の程をお願いいたします。